今日、娘の定期検診で病院に行く予定があった。
それを一瞬忘れていて、長男には「学校から預かり保育に行かなくていいよ、迎えに行くから」と先に言ってしまっていた。病院のことを思い出し、結局「ごめん、そのまま預かり保育にいてくれ」と伝え直すことになった。
病院が終わって、預かり保育に迎えに行った。息子はとても喜んでいた。
子供というのは、幼いうちは家が好きで、家族が好きなんだなと、改めて感じた。
共働きの子供は、意外と疲れているのかもしれない
今の子供たちは、両親が共働きだと、朝は早くから学校に行き、放課後は預かり保育や習い事の施設にいる時間が長い。本人が口にしなくても、思っている以上に疲れているのかもしれない。
そう思うと、迎えに行った瞬間のあの喜び方は、ただの「お迎え」ではなく、「ようやく家族のところに戻れる」という安心の表れだったのかもしれない。
ジョン・ボウルビィという心理学者が提唱した「アタッチメント理論」という考え方がある。子供にとって親は「安全基地」だという話だ。外の世界でどれだけ頑張っていても、帰れる場所があるから安心して動ける。あの笑顔は、安全基地に戻ってきたときの顔だったんじゃないかな、と思う。
子供と過ごせる時間は、思ったより短い

子供と一緒にいられる時間は、考えてみると意外と短い。
投資の話をするとき、よく「時間を味方にする」と言う。長く運用するほど、複利が効いてくる。だが、子供との時間は逆だ。一緒に過ごせる時間は、増えていくものではなく、減っていくものだ。
Tim Urbanというブロガーが書いた「The Tail End」という記事がある。「親と一緒に過ごした時間のうち、高校卒業時点でもう93%は終わっている」という計算が出てくる。読んだとき、子供との時間も同じだと思った。18歳で家を出るまでの夕食の回数、一緒に笑える週末の数。数えたことはないけど、確実に減っていっている。
だから、機会があれば、子供といる時間を選んでいきたいと思う。
今日みたいに、ちょっとした予定のズレで、迎えに行く時間が生まれることもある。それを、面倒な調整ごとと捉えるか、ちょっとした贈り物と捉えるか。
今日は、後者だったと思う。


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