家族の食卓を大事にする理由
うちは、食事にはお金も手間もかける方だと思う。なぜそうしているのか、食卓で何が起きているのか、話してみたい。
食卓でのルール
食べるときはテレビを消す。スマホを置く。子供に手伝わせる。全員で食べる。
食べ終わったら食器は自分で片付け、自分で持ってくるものは自分で持ってくる。余裕があれば、家族の分の飲み物も準備する。
手伝いたいと言ってきたときは、必ず参加させるようにしている。息子は卵焼きを毎回作っている。もちろん自分の分だけだが、調子のいい日は、家族の分まで作って振る舞おうとする。
食材選びは、無農薬や加工されていない食品を選ぶことが多いけれど、それは「そういう傾向がある」という程度の話で、インスタントラーメンも外食もお菓子も食べるし、外国産のものも普通に選んでいる。少し高いぐらいは全く問題ないという、そのくらいの心持ちでやっている。
手伝わせることの、面倒くささと意味
正直に言うと、手伝わせるのは面倒だ。汚されたら嫌だな、煩わしいな、と感じる瞬間は普通にある。
しかし、そこをやらせる。失敗したら子供が片付ければいいし、危ない目にあったら次から気をつければいい、というスタンスでいる。もちろん火傷をする状況が明らかなら、事前に取り除いたり声をかけたりはする。基本的には、子供がやってくれたら嬉しい。全くやらないなら、こちらから声をかけて手伝ってもらう、というくらいの感覚だ。
食卓で話すこと

食事は会話を楽しみながら、噛む回数を増やすことも意識させている。硬いものも柔らかいものも、よく噛むんだよ、と。
ちなみに、よく噛むと食べ物が細かくなって消化酵素が働きやすくなり、少量でも満腹感を得やすくなる、と言われているらしい。子供に説明するときも、こういう仕組みを添えると納得感が違う気がする。
忙しい日、疲れている日
忙しい日、疲れている日は、既製の惣菜を使うこともある。冷凍食品も、袋麺も出す。全然、理想通りに行かなくていい。
時間やお金、心や体力に余裕があるならやればいいし、無理して続ける必要はない。すでにある便利なもの、道具、外食、何でも使えばいいと思っている。
なので、これは基本的なスタンス、自分の考え方、家族の方針として、何か軸があればそれでいい。軸があるからこそ、疲れた日はそこから外れて、無理のない範囲でできることをすればいいだけだ。
うちの子育てで、子供に「なぜ?」を説明させる対話のやり方を大事にしているのと同じで、食卓でも仕組みを説明して、本人の納得に任せる部分は多い。手伝わせて失敗させることも、子供の靴を買いに行って、気づいたことで書いた「親が先回りしない」という姿勢の延長線上にある。危険がなければ体験させるという意味では、兄弟げんかに、親はどこまで介入するかとも根っこは同じだと思う。
守れない日を許すこと。それも含めて、うちの食卓のかたちなんじゃないかな。


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