子供に失敗させる勇気

子育て

子供に失敗させる勇気

親としては、先回りして止めたくなる。でも、あえて失敗させることの意味を、どう考えているか話してみたい。

線引きは「危険かどうか」だけ

子供が失敗しそうなとき、止めない。見守る。線引きするのは、身体や周りの人間、周囲の環境に危険が及ばないか、それだけだ。それ以外は許容する。

多少の擦り傷、軽いやけど、けんかなんかはオーケー。事故が起きない範囲、身体に危険が及ばない範囲であれば、可能な限り見守る。もちろん目は配るが、基本は自由。危険からだけは守る。失敗は大歓迎で、チャレンジした証だと思っている。

実際に失敗させている場面

子供は好奇心が旺盛で、どんなこともやってみたい。失敗への恐れがない。

例えば料理。熱いフライパンの縁に軽く触れて、熱くてたまらない、というくらいのことは起きる。または牛乳をこぼす。力のコントロールが難しくて、床がびしょびしょになる。

そういうとき、対応方法を一度教えておけば、子供は自分で動き出す。雑巾のある場所を明示し、拭き方を一度見せてあげれば、その後は自然に動く。失敗すら楽しんで、次は自分で雑巾を出して拭けばいいんだ、と行動に移っていく。

怒ってしまうと、萎縮する

ここで怒ってしまうと、子供は萎縮する。興味関心はあるのに、怖くてできなくなっていく。

朝の忙しい時間に、料理を手伝いたい、水を用意したいと言い出すことがある。「いいから食べなさい」「こぼすんだから駄目」と注意してしまうと、行動そのものを意識して、悪いことをしてしまったんじゃないかとびくびくするようになる。

余裕がなくて、そうしてしまうこともある。それに気づいたときは、子供に謝るようにしている。余裕がなかったことを謝り、「何でもチャレンジしていいんだよ」「パパがうるさくても、自分の気持ちを大事にしてね」と伝えている。

失敗の積み重ねで、できるようになる

だから子供は、水をこぼしたとき、軽いやけどをしたとき、次にどうするか分かっている。やけどをしたら流水で冷やせばいいし、水膨れができていたら清潔なガーゼや絆創膏で保護すればいい(範囲が広い、痛みが強いなど心配なときは、迷わず病院に連れて行く)。こぼした飲み物は、雑巾を持ってきて拭く。これは度重なる失敗で、行動できるようになった。失敗のおかげだと思う。

親が我慢すべきこと

失敗させるのが難しい場面は、いろいろある。そもそも失敗させないように、親が先回りして環境を整えてしまっていることが多い。散らかされたり、汚されたり、誰かに迷惑がかかることを、極端に恐れているからだ。

正直、子供がかける迷惑は、ある程度許容した方がいいと思う。もちろん、他人の前や公共の場で自由に振る舞うのは違う。危害を及ぼす兆候があるときは注意する。駐車場で走り回っていたら、親の側にいて歩くように言う。これは当然だ。

やっていいことと悪いことの判断がつく大人が、そこだけ注意を促してやればいい。線引きを子供にさせるのではなく、子供は興味関心のまま行動してもらい、間違っていることだけ指摘してあげればいい。

そこで混同してしまいがちなのが、親自身の面倒くささだ。後始末をしなきゃいけないという事態を予測して、子供がやりたがっていることを制限してしまう。ここだけ注意したい。汚したり壊したり散らかしたりは、親が許容できる範囲で許してあげたらいいんじゃないだろうか。

親に必要な我慢は、後始末をする覚悟があるかどうかだと思う。その先には、子供が自立してほしい、親が側にいないときでも自分で行動できるようになってほしい、という願いがある。

側にいて目を掛けられるときは、子供が自分を律しながら、興味関心のままに行動できて、危険なことからは線引きができるように、見ていられたらいい。

親が自分の面倒くささを制御して、子供が自由に成長する機会を奪わないこと。これこそが、親に我慢が必要な場面だと思う。

子供の靴を買いに行って、気づいたことで書いた「親が先に話さない」という姿勢も、結局は同じことだ。叱ると怒るの違い、自分なりの線引きで書いた、怒ってしまった後に謝るという話も、この記事の「親も完璧じゃない」という前提とつながっている。子供が「やめたい」と言ったとき、うちがしていることのように、本人に決めさせる姿勢も根っこは同じだと思う。

親が我慢すべきなのは、子供の失敗じゃなく、自分の面倒くささなんじゃないかな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました