学び直しは何歳からでも遅くないのか

日常

学び直しは何歳からでも遅くないのか

自分は今、投資もAIもプログラミングも、全部この歳から始めている。実際にやってみてどうか、話してみたい。

この歳から始めたこと

AIへの日常的な相談や質問。AIに構造を書かせて、仕事で使えそうなプログラムを作ってもらうこと。そして現場で試して改善点をまとめ、またAIに注文する、という繰り返し。あとは、論語を学び始めた。

新しいことを知るのは、やっぱり楽しい。覚えることが増え、実行できるようになれば、行動が変わり、行動が変われば思考も変わってくる。難しいことをあれこれ考えるより、まずできることから着手して、少しずつ実力をつけていく継続の力が、一番大切だと感じている。

若い頃と、学び方はどう変わったか

若い頃は丸暗記がまず第一だった。覚えたことを自分の言葉で出力し直し、その繰り返しで型を覚え、自分なりのアレンジを加えていけた。覚えるのも再現するのも早かったように思う。

今は、そもそも丸暗記ができない。短時間で覚えたことは短時間で忘れ、再現できない。出力し直すと、元の形からまるで違うものになっている。知識が増えていくのが、少し難しくなっていると感じる。

自分なりの、新しい学び方

だから、全部を自分で覚えようとするのはやめた。できることは、できる人やAIに任せる。文字情報も動画情報も全部は暗記できないので、暗記すること自体をやめた。コアとなる言葉の定義や、分からないルールだけは、時間をかけてでも掘り下げて覚えるようにしている。

とはいえ、多少の丸暗記は必要だとも感じている。これがあるのとないのとでは、自分の出力の精度が違う気がするからだ。それ以外は、分からないと思うたびに調べる。この繰り返しで覚えようとしている。

暗記力は確かに減っている。それでも、時間をかければ習得できるとも感じている。若い頃との違いは、なくなった暗記力に対して、より長い時間をかけて身につけていくというやり方に変わった、ということだと思う。継続できる仕組みを作ることが、今のものを覚えていくやり方には欠かせない。

学び続ける理由

学生時代よりも、社会人になってからの方が、学び続ける力が大事なんだと気づいた。学べば学ぶだけ分かることが増え、分かることが増えるほど、分からないことがたくさんあると分かる。

ちなみに、論語に「知之を知之と為し、知らざるを知らずと為す、是知るなり」という言葉があるらしい。知っていることは知っている、知らないことは知らないとする、それが知るということだ、という意味だそうだ。学べば学ぶほど分からないことが増えていくという感覚は、この言葉に近いんじゃないかと思う。

学びに終わりはない。学ばなかった期間がいかにもったいなかったか、という反省に立ち返ることになる。もっと早くから学び続ければよかったと思うけれど、その後悔には意味がないので、そう思った時から始めればいい。

30代で「もう遅い」と思ってしまう夜にで書いた焦りは、今も消えたわけじゃない。ただ、実際に手を動かしながら学んでいる今の実感としては、AIの時代に、人間が磨くべき力は何かで書いたように、全部を自分で抱え込まなくていいと分かったことが大きい。ニュースをAIに任せる仕組みの作り方もそうだけど、継続する仕組みさえ作れれば、暗記力が落ちていても学び続けられる。

学びは面白い。それだけでも続ける理由になるし、分かってくると、また違うものを知りたくなる。今日から何か始めるなら、まず「分からないことをそのままにしない」仕組みを1つ、生活に組み込んでみることだと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました