父親が子育てで担うべき役割とは
「父親だから」という考えが、そもそも自分にはあまりない。
「父親だから」という考えが、そもそもない
子供に対しても、お兄ちゃんだから、お姉ちゃんだからということで我慢させるより、一人の人間として扱うように心がけている。先に生まれた分、体力や知力がついてできることが増えていくのは当然で、できない下の子に対してフォローやハンデをつけて一緒に遊んだり手伝ったりするのはいいことだと思っているけど、「お兄ちゃんだからこれをやらなきゃいけない」「お兄ちゃんだからこれを我慢しなきゃいけない」という考えは、あまり言っていない。
それと同じで、自分も「父親だからどうにかしないといけない」とは思わない。もちろん責任感はあるけれど、「父親だからこれしなきゃ」という考えは本当にない。
唯一それらしいのは、行き先を決めること
だから、父親らしいことをやろうとして失敗した経験というのも、実はあまりない。一つ言えば、旅行や遊び場所を決める、土日のお出かけはどこに行くかを決めるのは、自然と自分がやっている気がする。それが父親らしいことなのかもしれない。
そしてそれを、当日にひっくり返してしまう

失敗したことで言えば、行き先を決めたにもかかわらず、当日になって雨が降ったから、混んでそうだからと、急に変えてしまうこと。子供たちや妻も「ここ行くぞ」という気持ちになっているところを急に変更したり、出発する時間を言わずになんとなくだらだら過ごして、昼過ぎに出発してしまったり。こういうことは本当に失敗していると思う。
こういうことをやると、家族のテンションが下がったり、「こいつ言うこところころ変わりすぎ」「次もそうなんじゃないか」という失望感につながる。信頼関係の構築としては良くない。
わざとやっているわけじゃなく、道路情報や天候、昼ご飯の場所、夕食の時間までに帰れるかなど、いろんな条件を気にしながら考えていると、突然変えてしまうことが本当によくある。最初の計画の段階で、計画の立て方がちょっと甘かったんだと思う。場当たり的だった。もう少し計画的にやってもいいところは、しっかり計画的にした方がいいんだと思う。雨が降ったらこっち、晴れならそのまま行く、出発時間はこう、帰る時間は何時、夕食はどこで食べる。そういう設計を、もう少し自分の中でしっかり持っていた方がいいのかなと思っている。
計画と、軸を持つこと
もしくは、場当たり的だとしても、一本の軸を持って、今日はここに行くと決めたらもうそこに行く。雨が降ろうが、お腹が減ろうが遊ぶ。お腹が減ったらそのあたりで何か買えばいい。だけどランチの場所はもう決めているからそこに行かなきゃいけない、という融通の効かなさもあっていい。優柔不断なところと、固く決めているところ。そのバランスが取れていないのが、今の自分なんだと思う。家族全員の思考が、遊ぶこと、お出かけすることに関して一丸となる方向性を示すことが、大事なんだと思う。
税や補助の手続きは、自分の持ち場だと思っている
今、自分の持ち場だと思っているのは、全体的な計画のほかに、税金の支払いや公共に対する責任を果たすこと。役所から来る手紙や、学校や幼稚園からの補助の申請といったこと。そんなに難しいことではないのかもしれないけど、普段あまりやらない立場からすると、何をしていいか分からないし、どういう資料が要るのか、どう申請すればいいのか分からない。間違えたり、そもそも申請しなきゃいけないこと自体を知らなかったりする。だから自分で調べて、聞いて、やらなきゃいけない。こういうことは自分の持ち場なんだと思う。
あとは、家全体で子育てをどう進めていくかという話し合いの場を設けること。全体的な方針は自分が決めたり、声をかけたり、みんなで一緒に考えたりしている。そういう舵取りをしていくのが、自分の持ち場だと思っている。
家事分担は、話し合いでは決まらなかったで書いた家事の話とあわせて、これが今のうちの持ち場の分け方だ。役割を決めたわけじゃなく、なんとなく残った持ち場が、今の形になっているだけなんだと思う。

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